【入門ガイド】枯山水とは?

枯山水とは?石や砂で雄大な自然風景を表現する日本庭園が美しい

枯山水とは、水を一切使わない庭園のことで、石、砂、草木を使用して山や海などの雄大な自然風景を表現する日本庭園の様式の1つです。

大名庭園のような豪華さや派手さはないものの、向き合うことで心に癒やしをもたらしてくれる日本独特な観光地として人気が高まっています。

そんな世界に誇れる枯山水ですが、そもそも枯山水が何を意味しているのか?よくわからないなぁと思っている方、意外と多いのではないでしょうか。

何も知らないまま枯山水に訪れるのと、事前知識を持って枯山水に訪れるのとでは、庭園での感じ方や楽しみ方が全然変わってきます。

この記事では、枯山水とはどのようなものか?何を意味しているのか?を丁寧に解説致します。

うたたぞう
事前知識を学んでから枯山水に訪れると、楽しさがぐんっとアップします!

この記事を読むとこんな悩みが解消されます。

ポイント

  • そもそも枯山水ってどんなものか知らない、、
  • 枯山水の見どころがいまいちわからない、、
  • 見方や楽しみ方、注意するべきポイントがわからない、、

枯山水めぐりには欠かせない基礎知識だけでなく、庭園の見方・楽しみ方、注意するべきポイントなどをたくさんの写真とともにお届けします!

うたたぞう
枯山水とは一体どんなものか?学んでいきましょう!

はじめての枯山水庭園ガイド

枯山水とは?

枯山水といえば、石や砂でできたお庭がぱっと浮かびますが、そもそもどのようなものなのでしょうか。

平安時代に書かれた日本最古の庭園書である「作庭記」に、枯山水に関して次のように書かれています。

池もなく遣水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく。その枯山水の様は、片山のきし、或野筋などをつくりいでて、それにつきて石をたつるなり。

つまり、枯山水とは、水のない庭のことで、池や遣水などの水を用いずに石や砂などにより山水の風景を表現する日本庭園の様式のことなのです。

例えば、白砂や小石を敷いて水面に見立てたり、石の表面の模様で水の流れを表現します。

白砂を敷いて水面に見立る

うたたぞう
川の流れが表現されていて美しいですね

作庭記には「枯山水」という名が使われましたが、歴史をたどると乾山水、仮山水、枯水形など、様々な呼ばれ方をされてきました。

現在は、日本最古の作庭記にも記載されていた「枯山水」と呼ばれる形になりました。

ここまでをまとめると、枯山水とは、水を使わない庭園のことで、石、砂、草木を使用し山や海などの雄大な自然風景を表現する日本庭園の様式の1つです。

大名庭園のような豪華さや派手さはないものの、向き合うことで心に癒やしをもたらしてくれる枯山水は観光地としても人気のスポットになっています。

枯山水は他の庭園様式と何が違うのか?

日本庭園の様式は、池泉庭園、枯山水、露地(茶庭)の大きく3つです。

枯山水と他の庭園様式は一体何が違うのでしょうか?
また、枯山水の中でも石庭とはどのようなもなのでしょうか?

庭園文化は歴史背景の影響が大きく、どの様式も庭園を作る目的がそれぞれ異なります。

枯山水と池泉庭園の違いは?

池泉庭園

池泉庭園は、枯山水と違い「水」という要素が取り入れられているのが特徴です。

枯山水は室内で座って鑑賞する「座視鑑賞式」であることがほとんどですが、池泉庭園は歩きながら鑑賞する「回遊式」の庭園が多いです。

池泉庭園は大きな池が庭園の中心になることが多く、大規模で豪快さが特徴的です。

一方、枯山水は、小さい空間に侘び寂びの精神を注入してつくられるものが多く、小規模でモノクロで静寂な世界が広がります。

枯山水と露地庭園(茶庭)の違いは?

露地庭園

露地庭園は、茶事に呼ばれた客人が茶室に入る前に通る道すがら(園路)に自然の景を盛り込んだものです。

千利休が大成した茶の湯の文化から影響された様式で、茶室に付属して設けられているので茶庭とも呼ばれます。

露地(茶庭)は、蹲居(つくばい)や石灯籠など、人工の景物が配されるのが特徴です。

枯山水と石庭の違いは?

「水」を使わず石や砂、草木だけで自然を表現するのが「枯山水」ですが、さらに草木(苔を除く)を使わないのが「石庭」です。

枯山水という大カテゴリーがあって、その中の小カテゴリーに石庭があるイメージです。

石庭で有名なのが龍安寺の「方丈庭園」で、世界遺産にも登録されているので見たことあるのではないでしょうか?

龍安寺の石庭

枯山水と石庭の違いは?
枯山水と石庭の違いは?

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枯山水が意味するものは?

前述している通り、枯山水は、水を一切使わずに、石、砂、草木を使用し山や海などの雄大な自然風景を表現している日本庭園です。

物理的には自然風景を表現しているのですが、その表現背景には何があるのでしょうか?

その答えは、枯山水が禅宗の考え方に影響されて発展してきたことにあります。

枯山水の意味とは?何を表現しているのか?

うたたぞう
枯山水が意味するものは一体なんでしょうか?まずは禅宗の考え方を学ぶのがポイントです。

禅宗の考え方

観光スポットとしても有名になっていて現存する枯山水の形式は、室町時代の中頃から造られるようになりました。

室町時代以前の日本庭園は、書院造りの発展により「鑑賞式庭園」や「回遊式庭園」の様式が流行していました。

しかし、応仁の乱で京都が荒廃し、より狭い土地に低予算で造ることができる枯山水(かれさんすい)が脚光を浴びたのです。

そして、禅宗の僧侶である「夢窓疎石(むそうそせき)」が禅宗の精神を融合させ、現在の枯山水の形が生まれました。

禅の「侘び寂び」といわれる、無駄を省き、質素で静かに工夫がこさらされた精神が注入されたのです。

塵一つ残さない掃除によってのみ達せられる世界観が生まれ、心の清らかさを磨いて悟りを深くする文化が生まれました。

禅の侘び寂び

つまり、枯山水は、座禅や侘び寂びといった、心を落ち着かせる文化と密接に関わっています。

禅宗の考えからすると、枯山水は、豪快で華美な景色ではなく、心を落ち着かせ自問自答しながら自然と向き合うことを意味しているのでしょう。

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枯山水が表現するもの

ここからは枯山水が具体的に表現しているものをご紹介します。

枯山水庭園を構成するそれぞれの要素は何を表現しているのでしょうか?

知っておくと枯山水庭園の鑑賞がより楽しくなる構成要素の知識をまとめました。

大自然の風景

枯山水が表現するもので一番わかりやすいのが、山や川、海といった大自然です。

具体的には、水を一切使わずに、白砂をレーキ(熊手)といった道具で砂紋を描き波や川の流れが表現されます。

山の景色は、石を組み立てて表現され、このことを石組といいます。

石組にはいくつか種類があり、山だけでなく、滝などの水の要素を表現するものもあります。

枯山水の砂紋が何を表現している?

枯山水の見どころの1つである砂紋。

砂紋

白砂に模様を描き水を表現したものを「砂紋」と呼びます。

砂紋にはいくつか種類があり、川を表現したり、海を表現したりするものがあります。


枯山水で使用する砂利の種類は?
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枯山水の石組は何を表現している?

水を一切使わずに自然風景を表現する枯山水において、石組は重要な要素の1つです。

石組みのなかでも、自然風景を表現する石組み、仏教の世界観を表現する石組みなど、たくさんの種類があります。

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仏教の世界観を表現

仏教の世界には須弥山という三千大千世界という宇宙観があります。

そのなかで、中心に存在する山を須弥山といいます。

須弥山のてっぺんに、有頂天とよばれる神様の住む世界があります。

そんな仏教の宇宙観を表現する枯山水の庭園があります。

鶴や亀の表現

鶴や亀を表現する石組があります。

古来から鶴や亀は長寿の象徴です。

枯山水は海外でも大人気

枯山水は海外でも大人気で、Zen Gardenという名で知られています。

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枯山水の作り方

水を一切使わずに自然風景を表現する枯山水は、一体どうやって作るのでしょうか?

枯山水の庭に描かれる砂紋は、実は人がレーキという道具を使って手作業で引いているのです。

そんな砂紋がどうやって描かれるか、枯山水の作り方を丁寧に解説します。

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枯山水の歴史

「枯山水」という言葉は、平安時代後期に生まれました。

鎌倉時代に禅宗の思想が注入され、戦で荒廃した室町時代に発展しました。

戦乱が落ち着いた江戸時代から衰退しましたが、昭和からモダン枯山水として復活してきました。

うたたぞう
枯山水をより楽しむには歴史の知識が欠かせません!

枯山水の歴史

枯山水の由来

「枯山水」という言葉が一番最初に登場するのは、平安時代にかかれた「作庭記」という書物です。

「作庭記」は、日本最古の庭園書であり、枯山水について次のように記されています。

> 池もなく遣水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく。その枯山水の様は、片山のきし、或野筋などをつくりいでて、それにつきて石をたつるなり。

遣水(やりみず)っていうのが聞き慣れない言葉かもしれませんが、水を導き入れるもので、川の流れみたいなものです。

なので、池も水の流れも使わずに、石を配置することを、枯山水と呼んだそうです。

現在見られる禅の文化が取り入れられた枯山水を指す言葉ではないですが、水を一切使わないものを庭園で表現する一番最初の由来は「作庭記」になります。

作庭記とは?

作庭記とは、平安時代に書かれた日本最古の庭園書です。

寝殿造における庭園に関して書かれており、図は全くなく文章のみで施工方法が記されています。

・枯山水の由来は、さかのぼること平安時代の「作庭記」
・「作庭記」における枯山水は、池も水の流れも使わずに、石を配置することを指す
・時代ごとに様々な呼ばれ方をされてきている

枯山水の歴史を時代ごとに振り返り

先程も述べましたが、「枯山水」という言葉の歴史をたどると、平安時代後期に書かれた日本最古の作庭書「作庭記」がルーツです。

その「作庭記」では「枯山水」と名付けられ、現在も水を使わない庭園様式を「枯山水」と呼びますが、歴史をたどると時代ごとに様々な呼ばれ方をされてきています。

呼ばれ方 時代 出店
枯山水(かれさんすい) 平安時代 作庭記(さくていき)
乾山水(あらさんすい) / 乾泉水(あらせんすい) 鎌倉時代 源平盛衰記(げんぺいせいすいき)
唐山水(からさんすい) 室町時代 臥雲日件録(がうんにっけんろく)
仮山水(かさんすい) 室町時代 仮山水譜并序(かさんすいふへいじょ)
枯水形(かれみずがた) 江戸時代 築山山水伝
から泉水(からせんずい) 江戸時代 庭作不審書(ていさくふしんしょ)

参考) 『作庭記』にいう枯山水の源流より

では、一体どのように「枯山水」は発展してきたかのでしょうか。

その歴史を時代ごとに辿ってみたいと思います!

うたたぞう
平安時代〜現在までの歴史を時代ごとにさかのぼってみます

【枯山水の歴史①】 平安時代

平安時代後期に書かれた日本最古の作庭書「作庭記」に、「枯山水」に関して次のような記述があります。

> 池もなく遣水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく。その枯山水の様は、片山のきし、或野筋などをつくりいでて、それにつきて石をたつるなり。

「作庭記」に書かれている「枯山水」は、庭園のなかの1区画に置く石、景石の置き方の様式を指していると考えられています。

これを「平安時代式枯山水」「前期式枯山水」と呼びます。

ただ、平安時代には禅宗がまだ広まっていなかったはずなので、現在見れる枯山水の姿とは異なるものだったと考えられます。

うたたぞう
言葉として枯山水が誕生したのは平安時代ですが、その姿は現在のものとは別物だったようです

なので、現在訪れることができる枯山水の形式とは違ったものになります。

【枯山水の歴史②】 鎌倉時代

鎌倉時代に入ると、中国から禅宗が伝えられて本格的に広まりました。

そこで活躍したのが臨済宗の禅僧である夢窓疎石(むそうそせき)です。

一般的には、夢窓国師と呼ばれることが多いです。

国師とは、朝廷から高僧に授けられる称号のことで、尊敬の念を込めて夢窓国師と呼ばれることが多いのです。

夢窓疎石は、もともと浄土式の寺院であった西芳寺に呼ばれ、禅宗寺院として復興していきました。

その中で、枯山水を禅の修行をする場としてつくりました。

西芳寺の枯山水

西芳寺の枯山水はこちら

鎌倉時代の書物「源平盛衰記(げんぺいせいすいき)」に、「乾山水」「乾泉水」の記述があります。

「乾山水」「乾泉水」は、盆栽のようなものを指す言葉と考えられ、現在の「枯山水」が指すものとは別のものを指す言葉と考えられています。

源平盛衰記とは、長きにわたる源氏と平氏の争乱をこと鮮明に記した有名な平家物語のことです。

うたたぞう
源平盛衰記は落語にもなっています!

【枯山水の歴史③】 室町時代

応仁の乱(1467年)で京都が荒廃し、より狭い土地に低予算で造ることができる枯山水(かれさんすい)が脚光を浴びました。

日本庭園は水を得られる場所に築くものであったが、枯山水様式の登場後は必ずしも水を使わなくとも造園が可能になりました。

日本人の侘び寂びの感覚に寄り添い、禅寺のみならず、武家や町人へも広がり大きく発展していきます。

【枯山水の歴史④】 江戸時代

室町時代に大きく発展をした枯山水庭園は、江戸時代に入ると全体としては衰退の時期を迎えます。

戦国の世が明けた江戸時代は、経済が安定し富が有力な大名や商人の元に集まるようになりました。

その結果、お金持ちの大名が、お金をふんだんに使って大規模で娯楽的な庭園を作り始めました。

この庭園が「大名庭園」です。

その影響でこじんまりとしていて、高い思想性を表現している枯山水は、存在が薄くなっていきます。

そんな過渡期に枯山水をいくつか残したのが、小堀遠州(こぼりえんしゅう)です。

小堀遠州の枯山水

【枯山水の歴史⑤】 昭和時代〜現在

江戸時代に衰退した枯山水が復活するのは昭和になってからです。

昭和時代に重森三玲という近代作庭家が色あせることのない「永遠のモダン」を目指して枯山水庭園を数多く作庭しました。

重森三玲のモダン枯山水

枯山水の歴史まとめ

枯山水の歴史はいかがでしたかでしょうか?

・枯山水の歴史ルーツは平安時代に書かれた「作庭記」
・鎌倉時代に禅宗の思想が注入された
・戦で荒廃した室町時代に発展し、江戸時代に衰退
・昭和からモダン枯山水として復活

枯山水のまとめ

この記事では、日本独特の庭園様式として世界に誇れる枯山水とはどのようなものか?解説しました。

ポイント

・枯山水とは、日本庭園の様式の1つ
・「水」を使わずに、石、砂、草木を使って、雄大な自然風景を表現する
・さらに草木を使わず(苔はOK)で表現するのが「石庭」
・禅の「侘び寂び」の精神が影響して発展
・海外でも人気で Zen Garden という名で知られる